仙台地方裁判所 昭和42年(行ク)3号 決定 1967年6月01日
申立人(原告) 遠藤沖吉
主文
被告を宮城県知事高橋進太郎に変更することを許す。
理由
本件申立ての理由は、「申立人は昭和四一年(行ウ)第七号教授会決議無効確認等請求事件(以下単に「本訴」という)において、被告とすべき者を誤つたので、行政事件訴訟法一五条一項により被告を宮城県知事高橋進太郎に変更することの許可を求める」というにある。
申立人は、申立人を原告とし宮城県立農業短期大学(以下単に「農業短大」という)学長三沢房太郎を被告とする本訴において、当初昭和三二年四月の農業短大教授定年に関する教授会決議の無効確認を求めたが、その後訴えを変更して、昭和四二年三月六日宮城県知事が申立人に対してなした定年退職処分取消しを求め、さらに本件被告変更の申立てをなすに至つたことは記録上明らかである。
ところで行政事件訴訟法一一条一項によると、処分の取消しの訴えは、原則として処分をした行政庁を被告とすべきものとされているところ、申立人の主張によれば、右取消しを求めている定年退職処分をなした行政庁は宮城県知事であるから、同知事を被告となすべきこととなるが、同法一五条一項によれば、被告の変更を認めるには申立人が被告とすべき者を誤つたことについて、故意又は重大な過失がなかつたことが必要である。
よつて本件についてこれをみるに、本件記録によれば、申立人は昭和四一年九月二六日弁護士を訴訟代理人に委任することなく自ら本訴を提起し、右訴訟は当裁判所の準備手続に付され、同年一〇月一二日、同年一一月九日の第一、二回準備手続期日は申立人が欠席したため延期となつたが、申立人は同年一一月二〇日広野光俊弁護士を、同月二四日高橋万五郎弁護士を各訴訟代理人に委任して、同年一一月二四日の第三回準備手続期日に至り始めて双方代理人の出席をえて準備手続が行われ、爾来五回に亘り準備手続を重ねた結果昭和四二年二月二二日本訴の準備手続は終結するに至つた。
ところが本訴の争点となつていた定年制を規定した農業短大教授会の決議に則り、昭和四二年三月六日宮城県知事は申立人に対し定年退職処分を発令したため、右処分の取消しを求める訴を提起することにより、右処分の前提となつた決議の有効無効を争うことが不必要となり、本訴は訴訟上当面争う意義を失うに至つたので、申立人代理人は同年三月二八日付準備書面をもつて訴えを変更し、前述の通り退職処分の取消しを請求するに至り、当裁判所は同年四月一二日一旦終結した準備手続の再開を決定し、同年五月二三日の第九回準備手続期日において申立人代理人により右準備書面の陳述がなされ、本訴の被告代理人より右訴え変更に異議ない旨の陳述がなされたことが明らかである。
右訴訟の経過に鑑みれば、申立人及び代理人は、右訴えの変更を予測して本訴を提起したわけでもなく、事態の成行上已むなく訴えを変更せざるを得なくなつたものであり、その結果被告の変更を余儀なくされたことを推認するに難くないので、被告とすべきものを誤つたことにつき故意又は重大な過失はなかつたものと認める。だとすれば被告の変更を許すのが相当であるので、主文の通り決定する。
(裁判官 三浦克己 藤枝忠了 板垣範之)